概要
日本の高等教育において、障害学生の在籍者数が急増しています。世界を見渡しても、アメリカ、カナダ、豪州、EU諸国に比べて日本の高等教育の障害者支援は遅れています。文部科学省は平成24年度に高等教育局長の下に「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」を設置し、半年間をかけて指針作りに着手し、報告書を発表しました。日本もいよいよ、各大学では、障害学生の受入れや修学支援体制の整備が今まで以上に求められるようになります。しかし、どこから始めたらよいのか不安もあるでしょう。まずはその法的根拠と文科省の取り組みを紹介します。
法的根拠
「障害者権利条約」が平成18年12月に国連総会で採択され、平成20年5月に発効しました。日本は平成19年9月に同条約に署名し、平成23年8月に障害者基本法の改正を行いました。これを世界に宣言する事は、教育界にとって大きな出来事でした。
障害者権利条約では、一般的義務として、「障害を理由とするいかなる差別もなしに、すべての障害者のあらゆる人権及び基本的自由を完全に実現することを確保し、及び促進することを約束する」(第4条第1項)とともに、「平等を促進し、及び差別を撤廃することを目的として、合理的配慮が提供されることを確保するためのすべての適当な措置をとる」(第5条第3項)、「障害者の事実上の平等を促進し、又は達成するために必要な特別の措置は、この条約に規定する差別と解してはならない」(第5条第4項)と定めています。
教育分野については、「教育についての障害者の権利を認める」(第24条第1項)とし、「障害者が、差別なしに、かつ、他の者と平等に高等教育一般、職業訓練、成人教育及び生涯学習の機会を与えられることを確保する。このため、締約国は、合理的配慮が障害者に提供されることを確保する」(第24条第5項)と定めています。
また、障害者基本法においては、「何人も、障害者に対して、障害を理由として、差別することその他の権利利益を侵害する行為をしてはならない」(第4条第1項)、「社会的障壁の除去は、それを必要としている障害者が現に存し、かつ、その実施に伴う負担が過重でないときは、それを怠ることによつて前項の規定に違反することとならないよう、その実施について必要かつ合理的な配慮がなされなければならない」(第4条第2項)としています。
このほか、発達障害者支援法においては、「大学及び高等専門学校は、発達障害者の障害の状態に応じ、適切な教育上の配慮をするものとする」(第8条第2項)と定めています。
文科省の取り組み
今後、全ての大学等において、障害学生に対する合理的配慮の提供が求められることを踏まえ、文部科学省高等教育局長の下に、「障がいのある学生の修学支援に関する検討会(座長:竹田一則 筑波大学大学院人間総合科学研究科教授)」を設置し、(1)大学等における合理的配慮の対象範囲を検討するとともに、(2)同合理的配慮の考え方、(3)国、大学等及び独立行政法人等の関係機関が取り組むべき1)短期的課題、2)中・長期的課題などについて、大学や関係企業からのヒアリングを含め、計9回にわたり検討を重ね、今般、その検討結果を第一次まとめとしてまとめました。これをもとに、文科省は、近々に全国的に大学側に明確な変革を要求していくと思われます。
キーワードは「合理的配慮」
合理的配慮とは、英語では、reasonable accommodationと言って、教育段階における障害者支援に関して議論するときの大切なキーワードです。つまり、教育機関は、どのような支援をどこまでする必要があるのか? たとえば、大学のクラブ活動のときに支援することは、必要なのか? 教育実習に行く場合に、相手先の学校に支援を求めることができるのか?などなど、議論の余地のあるグレーゾーンがかなりあります。
高等教育の障害者支援の進んだ米国では、この合理的配慮を巡って、全米各地で常にミーティングや会議、セミナーが開催され、議論を戦わせています。大学だけで解決できない問題は、人権オフィス、州の裁判所、最高裁と各段階を経て議論を戦わせ、判例として法律化してゆきます。
日本は、文化的にも法律の成り立ちも異なります。日本の中で、どのように、この「合理的配慮」を判断し、皆で共有する知識、経験として継承していけば良いのか、まだまだ議論を積み上げていく必要はあります。
(広瀬 洋子)
注
- ここでいう「大学等」は大学(大学院を含む)、短期大学及び高等専門学校をいい、「大学等」には通信教育課程を含みます。
- 文科省の検討会は、「障がいのある学生の修学支援に関する検討会」としていますが、まとめの文書の中では、「障害」という漢字を使用しています。法律は「障害」を使用していますので、引用する点からも同様の表記を用います。
資料
- 「障がいのある学生の修学支援に関する検討会報告(第一次まとめ)」について(平成24年12月25日)
http://www.mext.go.jp/b_menu/houdou/24/12/1329295.htm