1990年代末のFDには一つの重要な変化がみられます。その背景にはアメリカの高等教育の質的な改善が、新しい段階にさしかかったことがあげられます。そうした状況の中で、教員の教育力向上を、単に教員個人の資質の欠如に対する対策としてではなく、むしろ大学教員の自主的参加による、一般的な教育力の向上にむけての運動としてとらえようとする動きが出てきました。それを象徴するのが、「教育・学習スカラシップ」(Scholarship of Teaching and Learning – SoTL)です。ここでの「スカラー」という言葉は、もともとの意味である「学者集団」の意味で用いられています。すなわち、学生に対する教育を、研究と同様に、学者の一義的な役割ととらえるとともに、研究において同分野の研究者が緊密に研究成果を交換し、それをもとに発展をとげていくように、教育についても緊密な情報の交換を行い、それをもとに発展をはかろう、という意味がこめられています。
このSoTLの運動は、1999年にカーネギー財団が全米高等教育協会(American Association of Higher Education – AAHE)と連携して始めた「カーネギー教育・学習センター」(Carnegie Academy for the Scholarship of Teaching and Learning – CASTL)を契機としています。このプログラムは、大学教育に興味をもつ大学教員を一定期間、同センターに滞在させ、そこで自分の教育に関する蓄積をまとめるとともに、それを全米の教員と共有する方法を探る機会を与えるものでした。
一般的な教員が自律的に参加し、大学教育に関するノウハウを一定のネットワークによって蓄積する、という考え方そのものが高等教育の現代的課題に対応していることにより、カーネギー財団の活動は大きな影響力をもっています。
このSoTLの活動の特徴は、それがメディア利用と密接にくみあわされて推進されていることです。それには三つのレベルがあります。
第一に、大学教育の経験の分析、蓄積、交流の媒体として、デジタルビデオなどを有効に活用している点です。多様な新しいメディアの活用は、これまでにさまざまな可能性をもたらしています。
第二に、FDの活動は、ウェブを通じて全国に公開され、こうした活動に興味をもつ大学教員に影響をあたえます。同時に、ネットワークを通じて、FD活動に一定の寄与を行なうことも可能です。こうした意味でFD活動の普及が行なわれます。
第三に、個々の大学においては、独立にさまざまな形でSoTLの活動が行なわれますが、そこでも、教育メディア・センターがそうした活動の核となる場合が多くあります。
上記のうち、とくに第三の点は重要です。SoTLの創始者であるシュルマン(2004)は、各大学における拠点を形成する核として、複合領域での研究センター、TAなどの訓練、学部学科に設置される教育改善センターなどとともに、メディア利用センターがありえることを指摘しています。それはメディア利用が本質的に、公開性と不可分であることによっています。メディア利用そのものはたしかに、教員個人にとって便利であり、時間を効率的に使うことを可能とすることによって、評価され、取り入れられました。それと同時に、それが各人の教育実践を公開し、共有する媒体ともなります。そうした意味で、メディア利用にかかわる大学組織が、教員の教育力向上のきわめて重要な拠点ともなりえるのです。
(苑 復傑)
参考文献
- 有本章 (2005). 『大学教授職とFD – アメリカと日本』, 東信堂, pp.1-285.
- Shulman, Lee S. (2004)“Visions of the Possible: Models for Campus Support of the Scholarship of Teaching and Learning.”, pp.9-24. in Becker, William B. and Andrews, Moya L. eds. The Scholarship of Teaching and Learning in Higher Education. Bloomington: Indiana University Press.