Q. 映像音響の品質はなぜ重要なのでしょうか

概要

映像音響の品質が、視聴者にプラス・マイナスの健康影響を及ぼす可能性があることが、相次いで報告されています。学生が半ば強制的に長時間にわたって集中的に視聴する教材では、今後、その内容だけでなく、映像音響の品質についての配慮が一層重要になるでしょう。

「ポケモン事件」の教訓

1997年12月、人気アニメ番組「ポケットモンスター」を視聴していた視聴者の一部(多くは児童)にけいれん発作、眼の痛み、頭痛、不快気分などの健康被害が生じました。救急車で病院に搬送された者は全国で約七百人、番組視聴者の約1割が何らかの健康被害を受けたと推定されています。その原因は、「透過光撮影」という赤・青色の光の12Hzの明滅による「光感受性発作」であることが後に判明しました。注目すべきことに、光感受性は健常な子どもたちの約11%にみられ、年齢を重ねるとともに消失します。このポケモン事件がきっかけとなり、映像表現についてのガイドラインが設定され、視聴時の注意喚起も放送されるようになりました。しかし今でも、映画やコンサート映像などで、激しい光の明滅による健康被害が時折報じられています。

この事件は、脳と映像情報との不適合によっておこった現象であり、有毒物質を食物として摂取することによって身体の健康が損なわれる”食中毒”と同様、一種の”情報中毒”による健康被害だったと捉えることができます1)。水、食物、大気、気温などの物質・エネルギー環境については、人間は一定の生物学的な要求基準を持っていて、それを大きく逸脱するとマイナスの健康影響がもたらされることは常識となっています。ポケモン事件は、そうした生物学的要求性が、「物質・エネルギー環境」だけでなく、「情報環境」にもあり得ることを強く示唆する社会的事件だったといえます。

実写映像による「映像酔い」を避けるために

実写ビデオによって学校で起きた健康被害として、「映像酔い」も知られています。たとえば2003年7月、ある中学校の授業中にビデオを視聴していた約三百名の生徒のうち五十名以上が頭痛、目の痛み、嘔吐などの症状を訴え、比較的症状の重い36名の生徒が病院に搬送されたことが報じられました。このビデオは、教員が米国の中学校の日常生活を記録したもので、手持ちカメラをかなり大きく動かしながら撮影された映像でした。動きが激しい映像を注視していると気分が悪くなるという現象は以前から知られていましたが、体育館の大型スクリーンで周囲を暗くして20分も試聴したことによって、こうした健康被害が生じたと考えられています。

ビデオカメラやパソコンの小さな画面で見ると問題がなさそうな映像でも、大画面で上映するとこうした問題を起こすことがありえます。上映画面が大きくなるほど、適切な動きのスピードは遅くなることを念頭においておきましょう。

映像音響にはポジティブな効果もある

映像音響の影響はマイナスのものだけではありません。たとえば、ハイビジョン以上の高精細な映像は、精細度の低い映像よりも集中力や学習意欲をも高めることが示唆されています2)。
また、人間の耳に音として聴こえる周波数の上限は20キロヘルツを超えません。しかし、ある種の人間の声、自然環境音、楽器音などには、20キロヘルツを大きく上回る超高周波成分を含むものがあります。複雑に変化する聴こえない超高周波を含む音は、臓器運動から免疫力におよぶ「生理活性」と快感から感動におよぶ「精神活動」を連携して一括制御する脳の最高中枢<基幹脳>を劇的に活性化し、健康・快適・美・感動の反応を発現または増強させる効果(ハイパーソニック・エフェクト)をもつことが注目されています3)。

脳科学を応用した研究が進むにつれて、映像音響の品質の重要性が一層明らかになることでしょう。一方、映像技術の進展は、人類が進化の過程で遭遇したことのないような強烈な刺激を持つ映像を実用化しつつあります。これからは、そうした先端の知見を踏まえた教材制作が望まれます。

(仁科 エミ)

参照文献

  1. 大橋 力、『音と文明-音の環境学ことはじめ』、岩波書店、2003.
  2. 無藤 隆(編)『理科大好きな子供を育てる』、 北大路書房、2008.
  3. “Inaudible highfrequency sounds affect brain activity,A hypersonic effect,” Oohashi T. et al. Journal of Neurophysiology, 83, 3548-3558, 2000.
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最終更新日 : 2010年4月1日